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いつもの風景 [ちょっとそこまで]

09.09.15_いつもの風景.jpg

「無料」の言葉に釣られて行ってきました。

『いつもの風景』~日本とフィンランド、映像で綴る地域文化交流プロジェクト~
兵庫県豊岡市竹野町とハメーンリンナ・ハウホ村(フィンランド)、この遠く離れた2つの里の自然、
そこに息づく人々の生活と家々、四季折々の「いつもの風景」をドキュメンタリーで綴る、交響映像詩。
と解説してあります。

ムーミンとNokiaとサウナとオーロラとサンタクロースとブルーベリーの国です。

双方のほとんどの人が、まず実際には見ることのない、日本とフィンランドの景色を交錯させることにより、
自然の中で営まれる生活の中に流れる精神性の共通点を確認し、
そして、そのことにより日本人としてのアイデンティティを発見・発信しようという試みのようです。

300_雪.jpg 300_虹.jpg300_湖.jpg 300_north_karelia_forest_birchs.jpg
(※ フィンランドの写真は持ち合わせておりませんので、旅行会社のブログからパクリました。ゴメンなさい。)

どちらの村も、人々は最小限の人工的な建造物に守られながら暮らし、
自然の恵みを享受する一方で、その猛威に脅かされながら、営々と暮らしを築き上げ、
遥か昔からそれを繰り返し、長い歴史の中のほんの一瞬を埋めることが自分の役割であり、
それを先人から引継ぎ、子孫へと伝えてゆく、、、
気の遠くなるような時間の流れ・・・そんなことが共通点であるようです。

人々の暮らしの背景にある景色や風土、そして文化に一見、違いはあっても、
根底のとこで、確かに自然との関わり方は共通点があるように、田舎生活者としては感じました。

この後、日芬双方の映像作家、プロデューサーによるパネルディスカッションがあったのですが、
その中で、開催地である豊岡市長がこんなことをおっしゃってました。

「スクラップ&ビルドを基本においた東京的文化と決別し、
我々は過去を継承し、未来に引継ぐ文化を取り戻すことが重要です。
その意味で、ここ永楽館でこの映画を上映することに意義があります。(大意)」
(※ 「永楽館」は、1901年に建設された小さな村の芝居小屋で、45年前に閉館されたのですが、
  最近修復され、復活したばかりです。)

「あなた方の、お祖父さんや曾祖父さん、曾祖母さんが芝居を楽しんでいた、その席で、
今あなたが映画を楽しんでいる。
私たちの街が大事にしないといけないのは、こんな継承を基本にした文化ではないでしょうか?(これも大意)」

09.09.15_永楽館(1).jpg 09.09.15_永楽館(2).jpg09.09.15_永楽館(3).jpg 09.09.15_永楽館(4).jpg
(※ 永楽館の内部です。定員は320名。
  看板は閉館された45年前のものをクリーニングしてそのまま使っています。)

私は、このコメントを聞いてこんなことを思い出しました。

江戸落語に「三井の大黒」という話があるのですが、その中で、
江戸を訪れた名人・左甚五郎が、大工の仕事を見て「ぞんぜぇ」という感想を漏らし、喧嘩になります。
(※ 「ぞんぜぇ」とは、「ぞんざいな」の変形で、「雑な」、「いい加減な」という意味です。)
話しの後半で、なぜ「ぞんぜぇ」のか、棟梁が説明するのですが、
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるように、
この江戸時代というのは、頻繁に火事があったようで、
家というものは短期間で燃えてなくなり、すぐ建替えるといった感覚のものであったようです。
ですから、江戸の家は10の手間がかかっていると見えても、実は7の手間しかなく、
上方(京都大阪)では、10に見えるものが、12も13もの手間がかかっている。と説明します。
ですから、江戸では「ぞんぜぇ」ことは、決して悪いことじゃないんだと。
だから、西の職人は江戸ではやってはいけない、と納得をさせます。

私は江戸から東京に引継がれた文化がどのようなものであるのか分らないのですが、
「スクラップ&ビルド」がその文化の根底にあるのであれば、
確かに、馴染めないかもしれないなぁ、と思います。
田舎の存在価値は、たぶん、「継承」にあるのだろうと納得したのでした。
(※ このことは別の課題として、考え方が保守的になりがちである反面も持ち合わせています。)

そんな意味では、政治や行政の在り方、そして文化の流れが、
東京を中心とした価値観に基づいたものだけが「是」とされ、
すべての「地方」に押し付けられるのであれば、それは変えなければいけない、
別の在り方を守っていかなければ、田舎の存在価値は消えてしまうだろう、と思います。
地方都市の総ミニ東京化は、アイデンティティの喪失に他なりません。

こんなことが、いままでよく分らなかった地方分権のひとつの意味であるのかもしれません。
最初は、プロの映像作家が田舎の風景をどんな風に切り取るのかを見させてもらおうと思ったのですが、
別の意味で価値ある2時間となりました。

北欧スカンジナビア半島は、深く切れ込んだフィヨルドと急峻な山地に囲まれている、と思っていたのですが、
森と無数の湖に囲まれた、なだらかな地形であることを知りました。
また、行きたい国が増えました。


☆ 長文に最後までお付き合いいただいた皆さま方、ありがとうございました。
  明日からは、ナンユアンから帰ったところで、新_サムイ篇を再開します。
  よろしければ、これに懲りずまたお越しください。


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コメント 6

pawpaw

フィンランドの村と兵庫県の町、という組み合わせが面白いですね。
永楽館の建物&看板もすごくいいものだなー、と思いました。
意義ある時間が過ごせてよかったですね。

東京でも最近は古いものを残そうとしていく傾向が出てきていると感じます。表参道ヒルズに過去の同潤会アパートの一部を残したり、立て替え予定の東銀座の歌舞伎座も、正面の唐破風のスタイルは残す、とか。今までだったらばっさりと全てガラス張りのギラギラした建物にしていたと思うのですが、少し潮流が変わってきたのかな、と思います。
私は古い建物がスゴク好きなので、できるだけ残していってほしいと思うし、人と自然が調和している世界も引き継いでいって欲しいな、と思います。

by pawpaw (2009-09-15 23:10) 

gyaro

なんと無料だったのですか!
海外も行ってみたいし、行きたい所がどんどん増えていきます^^;
by gyaro (2009-09-16 11:57) 

Far-East

阿修羅展に行ったときも思ったのですが
お寺が何度も火災にあって
その度にお坊さん達が、仏像を運び出しているので
手がもげていたり、重い大仏は頭部だけだったり
するんですよね。何としても残しておきたいっていう
思いがとても伝わってきたのを思い出しました。

芝居小屋もすてきですねー。
でも足がしびれちゃうんで、正座が苦手です・・。
by Far-East (2009-09-16 16:30) 

kazn

最後まで読んでいただいた皆さん、
そして真剣にコメントをくださった皆さん、
本当にありがとうございました。

●pawpawさん こんばんは
私は中学生の修学旅行以後、たぶん4回しか東京を訪れたことがありません。
それも、ほとんど通り過ぎ状態です。
東京も見ておかねば、、、と思うのですが、人混みが嫌いでなかなか踏ん切りがつきません。

●gyaroさん こんばんは
行きたいですね、、、いろんな物を片っ端から見てみたいです。

●Far-Eastさん こんばんは
なんでも大切にしないといけませんね。
大切にしよう、と思う自分の考えがもっとも大切なことだと思います。
by kazn (2009-09-16 21:08) 

sak

いろんな地方へ行くとその土地のいいものを
しっかり残し、それをアピールしようとしている気がします。
それは多分「スクラップ&ビルド」の東京とはやっぱり違いますね。
各地方がもっと力を持てるようになるといいなぁって
単純に思ってしまいます。

by sak (2009-09-20 07:05) 

kazn

地方居住者としては、地方がどうあるべきか、考えないといけない。
と思っています。
by kazn (2009-09-21 11:40) 

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